HISTORY OF COFFEE IN JAPAN

HISTORY OF COFFEE IN JAPAN

HISTORY OF COFFEE IN JAPAN

Release Date: Nov 10, 2015

日の出ずる国日本において、
コーヒーは独自の文化を築いてきた。
侍の時代以来、その香りは日本中を漂っている。

コーヒーが1つの文化として日本の社会的シーンを形成していく中、コーヒー豆の存在は高価なものとなり、豆を焙煎し抽出する過程は多くの人々に1つのアートの形として捉えられた。コーヒーは、日本の社会的な伝統と、日本人のきめ細かい思いやりの心と調和して生まれた焙煎方法、そしてコーヒー豆の選定方法や抽出の技術を生み出した文化に徐々に浸透していった。

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16世紀と17世紀にオランダ人とポルトガル人の船に乗り合わせてからというもの、コーヒーは日本の中で、その味と機能の両方において独自の進化を遂げている。日本語の“コーヒー”という呼び名の由来はオランダ語の“koffie”であり、表記にカタカナが使われているのはそれが理由だ。しかし、飲み物としての形態1つを取ってもコーヒーは日本特有の形式を持っており、漢字の表記まで存在している。漢字の「珈琲」はオランダ語の発音に基づく当て字である。

日本へ伝来したのち、コーヒーは外国人居留地で医薬として応用され、17世紀には長崎の娼婦が興奮剤として使用したことにより広まっていった。1860年代には“コーヒー糖”(お湯を注いで飲むコーヒー風味の固形の砂糖)として地方にも伝えられている。

日本における最初の喫茶店である「可否茶館」は1888年、西村鶴吉により「喫茶店を開くことによって若い世代に何らかの影響を与え、庶民や学生、若者が集い、知識を共有するための社交的サロンとなれば」との思いのもとに設立された。2階建ての西洋式の建物では安価なコーヒーや新聞が供され、革のソファーやビリヤード台、机や文具、そして風呂もあり、常連客が休憩を取るための部屋まで用意されていた。「可否茶館」は、タバコとコーヒーと共に公の場で情事を楽しむ空間の走りだったのだ。

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19世紀、ブラジル政府はコーヒー産業の発展における主要なパートナーとして日本を指定。1907年には、日本とブラジルはある条約を締結した。その内容は、ブラジル最大の輸出資源であるコーヒーに限らず、両国間の輸出入全体を支援するためにブラジルへ渡る日本人の受け入れを許可するものだった。今日に至るまで、ブラジルは生豆とインスタントコーヒーの最大の輸入元となっている。

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大正時代(1912年〜1926年)、カフェはコーヒーやアルコールに対する“サイドメニュー”として性的なニーズに応える、賑やかな場所へと変化していった。それと同時期に、このような陽気なキャバレー・スタイルのカフェとは一線を画す存在として洗練され落ち着いた雰囲気の店が誕生した。それが「喫茶店」である。一息つくための静かな場所として、「喫茶店」もしくは「純喫茶」(純粋な喫茶店の意味)は学生や作家、芸術家などの第2の家となる。時には知識階級の客の間で議論が繰り広げられ、新しい思想が構築される場となることもあった。

第二次世界大戦の後、喫茶店の店内で流れる音楽や、 コミュニケーション・ビジネスを盛んにするその環境が人々の興味を引きつけ始めた。LPレコードが平均的な月給よりも高価だったその時代、喫茶店の1杯のコーヒーは金では買えない素晴らしい経験を味わわせてくれた。詩人の井坂洋子は、喫茶店に魅了された日のことを回想し、戦後に初めて「銀巴里」を訪れた時のことを語っている。「あの頃喫茶店では、音楽が吹雪のように舞い狂っていた。シャンソンを聴きながら神秘的な外国に思いを馳せ、知らない土地にワープしたような気持ちになったものだ。喫茶店のあの独特な空間を、気の済むまで楽しむことができた」

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1970年代、喫茶店は新宿や銀座、そして学生の集まる神田など、東京の流行の最先端の街に次々と現れた。それらのユニークなカフェは、駅周辺の地価の高い地域に集中し、新宿だけでも200軒はあった。その後喫茶店はグローバリズムの影響を受け始め、1980年代にはコーヒー・チェーンの参入が始まった。バブルの影響で高沸した地価に対し、スケールメリットによってコーヒーの値段は下がり、喫茶店は深刻な問題に直面することとなる。のちに性的サービスに走る店が出てきたのはこれが原因かもしれない。20世紀の初めに自ら避けていた道である。例えばノーパン喫茶は、鏡でできた床を使って女性を眺めることのできる店だった。またセクハラ喫茶には法律スレスレの格好をしたウェイトレスがいて、「オフィスでできないことをここで」をスローガンに掲げていた。

現在、日本のコーヒーの消費量は世界で3番目に多く、伝統的な日本茶に対抗する存在となっている。カフェやスターバックスなどのコーヒー・チェーンは、流れの速い社会において居心地の良い場所を提供している。多忙な母親は子育てから一旦離れられる場所として、サラリーマンはパソコンを持ち込んで自由に仕事のできる場所として、そして若者は人々との出会いの場として利用している。それでもなお、喫茶店は断固たるスタイルを崩さない。伝統の味を持つ高品質のコーヒーには高い金を払おうという考えを持つ客に対し、喫茶店はその存在感を再建し始めているのだ。

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コーヒー・チェーン、喫茶店、コンビニ、はたまたメン・イン・ブラックのトミー・リー・ジョーンズが牛耳る自動販売機にしろ、いまやコーヒーは日本中どこにでもあり、コーヒーの由来が外国だと知って驚く日本人がいるほどである。ほとんどの日本人は、「日の出ずる時」にコーヒーが無いと生きてはいけないのだ。

 

〈出典〉
メリー・ホワイト著 “COFFEE LIFE IN JAPAN” (2012)
“DRIFT MAGAZINE Vol. 2” (2015)
Hani Yoko著 ジャパン・タイムズ “Kissaten culture still on the boil” (2013)

 

 

By Glen Clancy

Translation by Aoi Nameraishi

Photography by Nik van der Giesen

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